甲府地方裁判所 昭和27年(行)9号 判決
原告 吉沢良子 外一名
被告 山梨県知事
補助参加人 吉沢政晴
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用及び参加費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「被告が別紙目録記載の土地につき昭和二十七年九月一日附を以てなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求の原因として――、別紙目録記載の土地はもと吉沢恒作の所有であつたが昭和二十三年四月十三日恒作が死亡したので原告等はその遺産を共同相続しよつて右土地所有権を承継取得し昭和二十七年七月三十日その旨の所有権移転登記手続を了した。ところが被告知事は右土地につき同年九月一日附を以て買収令書を発し原告等は同月二十日右令書を受領した。しかしながら右買収処分は左記(一)、(二)の理由で違法である。即ち
(一)、右買収処分は恒作に対してなされたものであるが同人は当時既に死亡していたから買収処分の有効な成立に瑕疵がある。
(二)、右土地は右恒作において大正二年中大阪府下で稼働すべく出郷した際実弟吉沢善次に対し父仙右衛門の扶養を託するとともに請求次第返還を受くべき約で寄託したが昭和十九年十二月三十日隣村たる山梨県東山梨郡後屋敷村に帰郷し請求の結果昭和二十年八月三十日その返還を受け爾来耕作を継続していたものであつて要するに
(1)、右土地につき恒作と善次もしくはその二男たる補助参加人との間に賃貸借もしくは使用貸借が成立したことはいまだかつてない。仮にそうでないとしても
(2)、昭和二十年十一月二十三日現在において右土地は所有者恒作において既に返還を受け自作するところであつた。仮にそうでないとしても
(3)、右土地は恒作がその住所のある前記後屋敷村の隣接町の区域内に所有する小作地である。
従つていづれの点からしてもこれを買収する法的根拠はないのに右買収処分は恒作の死後原告等に残された唯一の農地を奪取せんとの企図のもとに右(1)、(2)の事実を誑げあたかも右土地が昭和二十年十一月二十三日現在においては恒作との間の賃貸借もしくは使用貸借に基く小作地であつたかのように主張しその小作人を自称してなした補助参加人の申請を容認ししかも右(3)の事実を無視してなされたもので基礎事実の査定に瑕疵がある。
しかして以上の違法は明白且つ重大な瑕疵によるものとして右買収処分を無効ならしめるものと謂わざるを得ないから右処分の無効確認を求めるため本訴に及んだ。――と述べ被告主張の買収手続の経過は認めると述べた。(立証省略)
被告指定代理人は本案前の弁論として訴却下の判決を求め、その理由として――、(一)、原告主張の本件土地の買収は自作農創設特別措置法に基き国が行いその効果も亦国に帰属したものである。従つて単に国の機関として右買収の事務を担当した被告知事は当事者たる適格がない。(二)、原告等訴訟代理人は当初山梨県を相手方として本訴を提起し後にその相手方を被告知事に変更したが被告知事に対する訴の提起については訴訟追行に必要な授権の欠缺がある。――と述べ本案につき主文同旨の判決を求め答弁として――、原告主張事実中原告主張の土地がもと吉沢恒作の所有であつたところ原告主張日時恒作が死亡し原告等がその遺産を共同相続しよつて右土地所有権を承継取得しその旨の所有権移転登記手続を了したこと、被告知事が右土地につき原告主張日時恒作に対する買収令書を発付し原告等がこれを受領したこと、恒作が原告主張日時山梨県東山梨郡後屋敷村に転入したことは認めるがその余の事実はすべて認めない。右土地は恒作との間の賃貸借又は使用貸借に基き吉沢善次が耕作し同人の死後その子たる補助参加人が耕作を継続したが昭和二十二年三月十一日合意解約が成立し同年六月中麦収穫後返還されたものであつて少くとも昭和二十年十一月二十三日現在においては小作地であつた。しかして右買収処分は補助参加人の申請に基き自作農創設特別措置法第六条の二の規定によつて行われた遡及買収であつてこれに先立ち山梨県東山梨郡勝沼町農業委員会は昭和二十七年八月十九日買収計画を樹立し同月二十日から同月二十九日に至るまで公告縦覧に供し次で山梨県農業委員会は同月三十日右計画を承認した。なお右土地の所有者たる恒作は昭和二十年十一月二十三日現在隣接村たる前記後屋敷村に居住していたが右土地の所在する町には住所を有しなかつたから同法第三条第一項第一号の不在地主と認める外なく右買収は右認定に基いて行われたものである。――と抗争した。(立証省略)
三、理 由
先づ被告の本案前の弁論につき按じるのに被告主張の前掲(一)の当事者適格の点について謂うならばなるほど本件行政処分の主体並びにその効果の帰属者は国であり被告知事は単に国の機関として右処分をなしたにすぎないからその効果の有無を争う訴訟における正当な被告は国であつて山梨県知事ではないと一応は謂い得るところであるが行政処分の無効確認訴訟は結局行政処分の違法を攻撃してその無効の確定を求める関係において抗告訴訟と性質上の区別があるわけではないから無効確認訴訟についても原則として行政事件訴訟特例法第三条を類推適用して妨げないと解するのが相当であり従つて本訴において山梨県知事を被告としたのは正当であると謂うべくこの点の被告主張は採るに足りない。そこで被告主張の前掲(二)の訴訟代理権の点に触れるならば原告等訴訟代理人が山梨県を被告とする本件買収処分の無効確認訴訟につき訴訟委任を受けこれに基き昭和二十七年十一月二十五日山梨県を被告として右無効確認の訴を提起したがその後昭和二十八年二月三日右訴訟の被告を山梨県知事に変更したこと、ところが被告知事に対する訴訟につきあらためて訴訟委任がないことは本件記録上明らかであるがいやしくも行政処分の無効確認訴訟につき訴訟委任がある以上右委任において被告となすべき者を誤つてもこれに拘らず正当な被告を選んで訴訟追行をなすことはむしろ右委任の趣旨に合致し従つて当然授権の範囲に属するものと解するのが相当であるから原告等訴訟代理人の被告知事に対する訴訟追行についてはなんら権限の欠缺がないものと謂うべくこの点の被告主張も亦排斥を免れない。
よつて進んで本案につき審究する。別紙目録記載の農地につき山梨県東山梨郡勝沼町農業委員会が補助参加人の請求により自作農創設特別措置法第六条の二の規定に基き昭和二十七年八月十九日買収計画を樹立し同月二十日から同月二十九日に至るまで公告縦覧に供し山梨県農業委員会が同月三十日右計画を承認し被告知事がこれに基き同年九月一日吉沢恒作を名宛人として買収令書を発し原告等がこれを受領したことは当事者間に争がない。
そこで原告等が右買収処分の違法事由として主張する前掲(一)の点につき審按するのに右買収計画樹立当時従つて右買収処分当時その名宛人たる吉沢恒作が既に死亡していたことは当事者間に争がない。しかしながら農地の買収手続並びに買収処分が形式上死亡者を対象として行うもののような表示を以てなされていても該手続並びに処分が実質上はその相続人を対象としてなされたものと考えられ且つ相続人においてもこれを知り又は知り得べき場合には右処分は当然無効となることなく相続人に対する処分として効力を有するものと解するのが相当であつて全くの虚無人に対する処分が有効に成立し得ないのと同一には論じ難いのである。本件についてみると本件買収処分は前記措置法第六条の二の規定により昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて行われたいわゆる遡及買収であるところ本件農地の右基準時における所有者が右恒作でありその後昭和二十三年四月十三日同人が死亡したので原告等がその遺産を共同相続し右農地の所有権を承継取得し昭和二十七年七月三十日その旨の所有権移転登記手続が経由されたことは当事者間に争がなく右農地が右基準時において小作地であつたことは後段認定のとおりであるから本件買収処分が原告等を名宛人としてなされたならば原告等はなんら問題なくその効果を甘受しなければならなかつたわけであり従つて又右買収手続の経過中に右相続による所有権承継の事実が判明していたならば右買収手続並びに処分は原告等に対して行われたであろうことは推量するに余がある。ところが成立に争のない乙第二、三号証の各二によれば前記勝沼町農業委員会は本件農地につき右所有権移転登記手続がなされるよりさき昭和二十七年六月三十日補助参加人の申請を受け買収計画樹立のための調査に着手したが当時前記登記の経由がなく且つ又原告等並びに補助参加人の居住地が他村に存したため耕作状況等の調査は他村農業委員会に委嘱して間接に行つた等の事情で右相続の事実を知り得なかつたので恒作が存命し依然本件農地の所有者であるものとして買収計画を樹立しこれに基き本件買収処分がなされたものであることを窺い知るに十分である。してみると右処分が恒作を以て名宛人としたことは明らかに誤謬であつて処分の取消に値する瑕疵を成すものと謂うべきであるけれども右処分の真意が本件農地の処分時における所有者を目指して買収を実施することに存したことは疑がないとともに原告等は恒作の相続人としてその地位を包括的に承継し勿論右農地の所有者となり買収手続を改めて起すにしても当然その対象となるべきものであつた以上右処分は実質上恒作の相続人たる原告等に対してなされたものと認めるのが相当であり且つ又原告等は買収計画の公告縦覧並びに買収令書の交付により恒作の所有であつた本件農地が買収の目的となりその効果の原告等に及ぶべき蓋然性があることを知り得た筈であるから本件買収処分は前記瑕疵の存する故を以て直ちに無効となることはなくむしろ原告等に対する処分として効力を保有するものと解すべきである。
次に原告等が右買収処分の違法事由として主張する前掲(二)の点につき考究するのに成立に争のない甲第三号証の一乃至四、乙第二号証の二、同第三号証の二、三、同第四号証の二、三並びに右乙第三号証の二、同第四号証の二、三の記載内容により真正に成立したものと認める乙第一号証を綜合すれば前記買収の基準時たる昭和二十年十一月二十三日現在において本件農地は吉沢善次が前記恒作との使用貸借による権利に基き耕作していたこと、しかして補助参加人はその後善次が死亡したのでその遺産を相続し右農地につき耕作を継続していたが昭和二十二年三月十一日恒作の返還請求を応諾し同年六月中麦の収穫後同人に対し右農地を返還したことを認めるに十分である。原告等は恒作と善次との間に右農地につき賃貸借もしくは使用貸借が成立したことはなく善次は寄託契約に基き耕作をなしていたにすぎず又仮にそうでないとしても昭和二十年八月三十日には既に恒作において返還を受け自作するところであつた旨を主張し成立に争のない甲第十号証の二、三、同第十一号証の二の各記載内容、証人小池きくよ、同馬場好記、同坂本民治、同坂本ひさのの各証言中には右主張に沿うような記載又は供述が存するが右記載部分及び供述部分は前顕証拠に照してにわかに措信し難くその他に前記認定を覆して原告等の右主張事実を肯認するに足る証拠はない。しかして又恒作が昭和十九年十二月三十日山梨県東山梨郡後屋敷村に転入し爾後同村に居住したことは当事者間に争がないが本件農地が同村の区域外に所在することは明らかであつて同村農業委員会が同村の区域に準ずるものとして指定したことについてはなんら主張立証があるわけではない。してみると本件農地は昭和二十年十一月二十三日現在において不在地主たる吉沢恒作の所有であつて吉沢善次が使用貸借による権利に基き耕作の業務を営んでいた小作地であり本件買収の請求者は右善次の相続人で右基準日以後において右小作地につき耕作の業務をやめたものであると謂うべきであるから右買収処分には前記措置法の適用上事実の査定に誤があつたとする原告等主張のような違法の廉は全くないと謂う外ない。
以上の次第で本件買収処分の無効確認を求める原告等の本訴請求は全く理由がないこと明らかである。
よつてこれを棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条後段を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎)
(目録省略)